幸福論を読む①

on 4月 6, 2017 in Diary

1. 序文と著者について

 

私が持っていた古い本なんかだと「ショーペンハウエル」って書いてあったので、そう言ってしまうんですけど、ドイツ人なので「ショーペンハウア」の方が近いでしょうか。どっちでもいいです正直。名前が長いから「爺」で統一しておきます。

 

ショッペンハウアって誰やねん

父の遺言で商人になろうとしたけど、やっぱ学問したいって言いだし医学部に入ったのに、哲学部にシフトチェンジ。大学講師になれたけど、ヘーゲル教授の人気に勝てなくてぷんぷん退職。その後はずっと仕事もしない、家庭も持たないで、独りで70歳まで生きた。その自分を貫き通した感じはなかなかの爺さんです。

この本で爺がまとめた「幸せになる資質」は時代や身分によらない誰にでも適用できるものです。でもこの爺、「俗物と関わらないで孤高に生きる」というスタンスなので、そういう所も踏まえた上で理解していくといいと思います。つまり「爺のいう事が世の真理とは限らんよ、爺は神じゃないわ」って踏まえておきましょうね。古の賢者の言葉を鵜呑みにする奴が「一番の凡愚」です。

 

まず、「幸福な生活」ってなんだろう。まずこの本が何を語ろうとしているのかを知りましょう。細かい項目が多いので、あまり本筋じゃない部分は多少カットします。ご了承ください。

幸福な生活ってすごく客観的に言えば、「生きていないよりはずっとましな生活」って感じ。人間って「死ぬの怖い」ってより、「幸福な生活をできればずーっと送りたい」って生きてるんだと思う。じゃあ、それがなんなのか、ジイちゃんと一緒に掘り下げて行こか。

 

 

2. 幸せな人とそうじゃない人の差

 

人の幸福度にはどうやら差があるようだ。なんでだろうね。ってことで爺の観察の結果、3種類の要素をどれだけ持っているかっていう差が、幸福度になるんじゃないかって思ったらしい。

● 不動産やお金みたいな「所有物」
● 肩書きや名声みたいな「人への印象」
● 品性とか人柄みたいな「人としての在り方」

所有物

無いよりはあったほうがいい。食うに困るんなら幸せとは言いづらいじゃない。でも大金持ちが幸せか?っていうと、そうでもないじゃん。だからそんなに重要な要素じゃない。

印象

ここでは階級とか肩書きみたいなものが語られてる。そりゃ軍人さんなら位が上がったほうが名誉もあって、努力が実ったとか充実感もあっていいだろう。でも八百屋さんだったら無いじゃんそんなの。商店街のボスになる?八百屋としての充実とは関係ないよねそれ。だから誰にでも重要な要素ってわけでもない。課長になれて嬉しいって言う人もいるかもしれないが、部長の前でふんぞり返ることもできないしね?相対的なもんです。

在り方

正直、所有物と印象は他人から見た時の相対的なものにすぎないし、奪われたり無くしたりする。印象だって他人と比べての事だから、絶対頼りになる要素じゃない。でも人としての在り方は絶対的なものだから、一番影響力あるんだよって言いたいらしい。人としての在り方は絶対的。つまり自分個人の「幸せの感受性」が一番大事なんだよ。

 

 

3. 人としての在り方って?

 

はい、そろそろ本題に入って行きます。
幸せな人って朗らかだよね。朗らかさを身に付けるためには

● 健康(病気だと幸せじゃないっしょ)
● 気質(神経質とか、鬱々した性格は良くないね)
● 美(第一印象が良いって、推薦状みたいで良いね)

この3つが必要。実際、朗らかなことが大事なのか、サイサイが実際に仕事で得た知見をひとつ出してみましょう。

 

健康と気質

病気であっても、朗らかに生きて居る人はいます。リアルサイサイは持病を持つ人の心理を研究しています。症状の辛さ、治療に投じられる資産、助けてくれる家族編成、そういったものが似ているケースはいくらでもあります。

その中で若き日のサイサイがすごく感心した、対照的なケースがあります。一方は将来の不安に焦点が合っていて、日々の不満や、病気にならなければできたはずの事への悔しさでいっぱい。もう何時間語るんだってくらい不満を貯めこんで生きて居る繊細な方でした。でももう一方は、病気だけどいい事もあるわって、朗らかに笑う。前者は神経質で、後者は楽観的。つまりこの2人は、爺の言う朗らかさの条件のうち、気質が真逆なんです。心理検査で心の穏やかさを見ても、結果にはかなりの差がありました。同じ境遇にあっても、日々をどう捉えるかの気質次第で、幸せかどうかの自覚はかなり差があるようです。

 

逆に言えばですね、今幸せを感じないと言う方は、自分が心配性だったり悲観的すぎたりしないか気質の部分を見直してみたり、まずは体の不調を改善して健康になってみる努力は良いと思います。そんな劇的に幸せになれるとは言いませんが・・・虫歯が痛い時・熱がある時・風邪を引いている時を思い出してください。健康って幸せなことなんだなあって、しみじみ思うでしょう?爺も「病人は不幸」って断じてるわけじゃないんですよ。「遊びや勉強や仕事でめっちゃ頑張って健康を害したらそれ幸せか?ダメっしょ。」って言いたいんです。

 

気質についても、ゆとりがないと陽気にはなかなかなれません。頑張りすぎず、健康キープに努めると、幸せを感じやすいって言いたいんです。今辛いなぁって思う人は、ちょっと健康に気を付けてみてください。くよくよしちゃうなって思うのなら、「そんなのたいしたことじゃないよ!」って大声で言ってみてください。空しく感じるかもしれないけど、本気でそう思えるように真面目に言ってみてください。少しずつ、本当に「たいしたことじゃない」って思えるように、切り替える訓練です。

 

ここらへんの技術は、私が研究で観察した事からも確かだと思いますし、そもそも爺があの時代に健康で70歳まで生きたっていう事実も裏打ちしてきます。頑張りすぎず、己を持ち、内面を磨く趣味なんかで楽しんでると、長生きできるんでしょうかね?

 

美に関しては、美人は得だよねっていう事ではなくて、うーんと・・・「凛とした雰囲気の人って面接で好印象じゃない?」くらいの話。堂々と背筋を伸ばして前を向いている人は、美しいです。アスリートって美しいじゃないですか。顔の黄金比みたいな良し悪しではないんです。結果を出そうと一生懸命な人、結果に対して真摯に向き合う人、そういう人は見栄えがいいから、人と会った時に好印象で、幸せな展開になりやすいんだと思う。

 

んじゃ何なの?どうすりゃいいの?

爺は辛辣な嫌味なやつなので、そういう資質を持ってないとダメだと言います。なのでサイサイがそこから先を書き足しますね。

まとめると、幸せかどうかは自分の努力で資質を磨くしかないってことです。同じ状況でも、「足るを知る」人が幸せで、感受性次第で幸せにもなれるし、不幸にもなるっつーこと。

 

私もいろんなケースに対応しますが、不幸続きで苦労している人はたくさんいます。それを恨んで愚痴を言いたくなるのも分かります。それは一旦吐きだしていい。吐きだしましょう。溜めても利子がついて余計辛いだけです。吐き捨てましょう。でも吐きだして一歩踏み出さない限りは、環境を変えられないんですよ。私が踏み出したってしょうがない。本人がやらないと変わらないんです。元凶となる人がいるんなら、自分が一歩踏み出して、そいつを視界から追い出すしかないんですよ。他人は変えられません。自分が変わるしかないんです。

 

長いので、続きはまた今度。たぶん続きは今回省いた「享楽の種類」とかも入れます。

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