健康?輪廻回すまで待ってな。

on 8月 28, 2017 in Diary

あんまり卑屈になったり、必要以上に臆病になる必要は無いんだけど、なかなか人の心は難しい。

 

たしかキューブラー・ロスが提唱した「死の受容プロセス」説。サナトリウムやホスピスなどで死を迎える患者さんたちの心理プロセスと言われますが・・・まあ、まず先に説明しましょう。割と噛み砕くので、詳細を知りたい人は自力で調べてください。

第1段階「否認と孤立」 自らの命の危機や余命に衝撃を受け、理解しようとしても感情的に認められない段階。何かの間違いだ!と自分は否定しても、周囲は事実に基づいて動いているので、周囲から距離を取り、孤立するようになる。

第2段階「怒り」 死ぬと言う事実は理解できたが、「どうして私が?」「私よりもっと悪い人はいるのに」というような怒りに囚われる時期。 医療者や見舞いの人に「貴方はいいよね、生きられて」というような皮肉を言う事もある。根底に「なんで私が・・・」という宛所のない怒りが強くある。

第3段階「取引」 神や仏にすがり余命を増やしたいと祈り乞う時期。神仏に限らず「死ぬのは分かっているけどもう少し待ってほしい」「善行をするから1日でも余命が伸びないか」などの取引行為が誰かとできないか必死。

第4段階「抑うつ」 これだけ祈っても反省してもダメなのかと、死が回避できないと悟った段階。悲観と絶望でいっぱいになっており、抑うつ的な気分を抱える。虚無感に囚われることも多い。 真っ白な灰になった系。

第5段階 自分の人生の終わりを理解し、静かに見つめるようになれる。

っていう感じです。学生時代は「へ~」なんて思ったんですけど、提唱された頃からも賛否両論だったようです。私も持病を持つ方の心理調査とかしてましたけど、まあ実際のところ、「この順番とは限らんし、段階は上がったり下がったりする」って感じでした。

 

簡単に言うとねー なんで何も悪いことしてないのに病気に?と「2怒り」から入って、「4抑うつ」にガクンと下がったかと思うと、「1否認と孤立」で引きこもりになり、また「2怒り」に戻り・・・ って感じで。そうそう簡単に悟れるわけではないんです。

がんの場合は宣告についても医師たちがよく勉強していますが、他の「不治の病」と言われる多くの病気についてはそこまで対応はされません。医療関係者として宣告に立ち会っていた私でも「死ぬまで治らない」ってさらっと言われて、固まりました。それがほぼ10年前ですけど、未だに悟りから離れて怒りや抑うつになることはあります。

あまり知られていませんが、治らない病気(治すための仕組みが解明されていない病気)はたくさんあります。国の難病指定を受けられない病気もたくさんあります。そして、こういった心理状況を受け止めたり、落ち着かせてくれる医療者というのはすごく限られます。「心理は専門外だから専門の方いきなよ」って言われて終了。まあうちの先生正直でそういうところ嫌いじゃないですけど(笑)

 

何しろマイナー。マイナーすぎて行く病院病院で根掘り葉掘り話を聞かれる。「実在したんだー!」って医者はハッスルするし、問診票の「飲んでいる薬」の欄なんて足りるわけがない。医者の大半がそんな感じで都市伝説みたいに見るのに、一般の人にはもっと分かりづらいと思う。

これが友達ならまあいいと思う。調子のいい時は会えるし、悪い時はキャンセル。それだけで大丈夫だったりするから。とはいえ身内となると、せめて病名と「なんかあちこち痛いらしい」くらいの事は理解してほしい。自分一人で誤魔化すのには限界があるからです。一生付き合っていく病気は、ひとり分の体力・精神力ではとても持ちません。

 

私はこれでも感情労働のプロなので、痛くても笑ったり動いたり飲み食いしたりもします。っていうか常に痛い所に関しては、今更顔を歪めません。心配されたくない、迷惑をかけたくない、という社会に対する遠慮みたいな感情は常にあります。それは「健常者のふりをして社会に混ざりたい」からです。

 

世の中は健康な人が多数派です。健康な人は時に無邪気に心配のナイフで抉ってきます。これが一番怖い。

煙草を止めれば治るのでは?→治りません(エビデンスレベルが低い)

早寝早起きしてよく寝れば?→睡眠障害系の病気です

運動すれば良くなるでしょ?→関節が痛いんです

元気になったら遊ぼうよ!→輪廻回すまで待っててください

健康で善良な友人たちに罪は無いんです。むしろよく病名を調べてくれたもんだと感心することもあります。でも「いいよね、健康な人はハハッ」って思う日がそりゃあありますよ。病人って厄介だよね。

この前もTwitterの方で紹介したけど、「健康第一と言われると、自分が社会の落伍者に思えて視界が真っ暗になる」というコラムがありました。健康は宝です。私も出来る枠の範囲で、寝たきりにならないようトレーニングしたりしていますが、まあどれだけ頑張っても「健康」になれることは無いです。この先、症状が進まないという保証もありません(私の次のステージはもう寝たきりです)。症状に対して働けているだけでも奇跡とか言われます。いやまあ奇跡って言われても健康じゃないしね?

 

線維筋痛症の場合、自殺したいと思う人が3割以上いると言われています。薬が効かない人、社会の音に耐えられない人(音や光も痛みのもとになります)、寝返りすら痛くて出来ない人、あんまり精神上安定している人はいません。 そうだなぁ・・・重度になるとがん末期と同じような痛みだとは言いますが、私がんになったことないので・・・人生で一番痛かった思い出があったら、それが死ぬまで続くことが確定してるっていう感じです。

まあ私は、自殺できるならしたいわって思う人が居てもしょうがないと思うんですよ。実際に自殺するのは思いとどまったほうがいいと個人的には思うけど、止められるだけの説得材料がほとんどない。若年性の場合は治る可能性高いけど。

でも私だって動けなくなる前にはそりゃあ死にたい。生きてりゃいいなんて健康な人の理想ですよ。なんで痛みに耐えながら家でお人形せなあかんねん。尊厳死についてもっと前向きに話す世の中になって欲しいなあって思うんですよね。

 

健康な人は配慮しなさい、なんてことを言う気は無いです。ほっといていいんです。むしろ「健康になったら遊ぼう」とか言うくらいなら天気の話でもしたほうがいいです。普通の人がする普通の会話でいいんですよ。なかなかこの「健康になったら」「○年後に」という言葉はキツイもんです。

病気も我々の一部だから、我々の病気を駆除すべきものとしてご高説をお聞かせくださるのはお止めいただきたい。病気と一生付き合わねばならない人は、結構大勢いるからね。我々の存在ごと否定されても、返しようがないんですよ。

 

なんかここ最近、もやもやーっとそんな事思ってた。

うん、疲れてるな。

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